名古屋地方裁判所 平成9年(ワ)800号 判決 1998年5月13日
原告
中島麗子
被告
吉田肇
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一五七七万九三二五円及びこれに対する平成七年三月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告と被告との間の交通事故について、原告が被告に対して、自動車損害賠償保障法三条又は民法七〇九条に基づいて、損害の賠償を請求した事案である。
一 争いのない事実及び括弧内の証拠等により容易に認められる事実
1 本件事故
平成七年三月二一日午後六時一五分ころ、名古屋市南区道徳新町七丁目七七番地先の信号機等による交通整理の行われていない交差点(以下「本件交差点」という。)において、西方(豊田二丁目方面)から東方(南陽通り方面)に向かって直進しようとした被告運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)と、南方(氷室町方面)から北方(観音町方面)に向かって直進しようとした原告運転の普通自転車(以下「原告車」という。)とが、衝突した(争いがない。なお、原告は、本件事故の発生時間について、同日午後五時五五分ころから五八分ころの間であり、未だ明るい時間であったとも主張し、これに沿う証拠(甲一一号証、一三号証)を提出するが、甲一一号証が信用できないことについては後述のとおりであり、前記本件事故の発生時間については証拠(乙一号証の一、二、五、六、一二)によっても認められる。)。
2 被告の責任
被告は、被告車を自己のために運行の用に供していた。また、被告は、被告車を運転して本件交差点を直進走行するに際し、右方の安全の確認を十分しなかった(乙一号証の一から六まで、八、一〇から一二まで)
3 原告の受傷と、受けた治療
原告は、本件事故により、肺挫傷、血胸、多発肋骨骨折、左鎖骨骨折、右上腕骨骨折、脾臓破裂の傷害を負い、以下のとおり治療を受けた(争いがない。)。
(一) 平成七年三月二一日から同年五月一一日まで
社会保険中京病院 入院五二日間
(二) 平成八年一月三一日から同年三月六日まで
同病院 入院三六日間
(三) 平成七年五月一二日から平成八年一月三〇日まで及び同年三月七日から同年五月一五日まで
同病院 通院(実日数二〇三日)
4 原告の後遺症
原告は、本件事故により、右治療にかかわらず、脾臓の喪失(第八級一一号)と右肩の神経症状(第一二級一二号)の後遺症が残り、自動車保険料率算定会において併合第七級の後遺障害等級事前認定を受けた(争いがない。)。
5 既払金
原告は、本件事故による損害について、合計二二一五万七八五二円の支払いを受けた(争いがない。)。
二 争点
1 原告の損害額
(原告の主張)
(一) 治療費 八七四万三〇八五円
(二) 入院雑費 一一万四四〇〇円 (一日あたり一三〇〇円の八八日間分)
(三) 装具費用 一三万九四〇〇円
(四) 通院交通費 三二万三七一〇円
(五) 休業損害 三四七万四九三四円
原告は本件事故当時六四歳であるところ、平成六年賃金センサス第一巻第一表女子労働者産業計、企業規模計、学歴計年齢別平均賃金によれば、同年齢の平均賃金は三〇一万二八〇〇円(一日あたり八二五四円)であり、原告は本件事故の日である平成七年三月二一日から症状固定日である平成八年五月一五日までの四二一日間就労不能であった。
(六) 入通院慰謝料 二三〇万円
(七) 逸失利益 一三三四万一六四八円
原告は症状固定時六五歳であるから、平成六年賃金センサス第一巻第一表女子労働者産業計、企業規模計、学歴計の年齢別平均賃金二九九万八七〇〇円を基礎収入として、同年齢の平均余命年数の二分の一にあたる一〇年間就労可能(新ホフマン係数七・九四四九)、労働能力喪失率五六パーセントにより算出。
(八) 後遺症慰謝料 八五〇万円
2 過失相殺
(被告の主張)
本件交差点は、東西に延びる幅員約八メートルの道路(以下「東西道路」という。)と、南北に延びる幅員約五メートルの道路(以下「西側道路」という。)とが交わる交差点である。原告が走行していた西側道路は、南方から北方に向かう一方通行の道路であり、道路西側には幅員約三メートルの歩道が設けられており、自転車の歩道通行が認められている。本件交差点の西側には横断歩道が設けられており、また、西側道路の本件交差点南側手前には一時停止の規制がされている。
本件事故当時、本件事故の現場周辺は暗い状態であったため、被告車は、前照灯を点灯して東西道路を走行し、本件交差点に進入するに際して、本件事故の衝突地点の手前約一一メートルの地点で一時停止した上、時速約二〇キロメートルの速度で発進したのであるが、原告車が無灯火で西側道路を北方から南方に向かって逆走し、本件交差点手前で一時停止や左右の安全確認をすることなく本件交差点に進入してきたために本件事故は発生したものである。
したがって、原告の損害を算定するにあたっては、少なくとも四割の過失相殺をするのが相当である。
第二争点に対する判断
一 争点1について
1 治療費
原告が本件交通事故による傷害の治療のために八七四万三〇八五円を要した事実については、当事者間に争いがない。
2 入院雑費
原告の主張する入院雑費一一万四四〇〇円(一日あたり一三〇〇円の八八日間分)は、相当と認めることができる。
3 装具費用
原告が装具費用として一三万九四〇〇円を必要とした事実については、当事者間に争いがない。
4 通院交通費
原告が本件事故によって負った傷害からは通院のためにタクシーの使用を必要としたと認めることはできず、他にその必要性を認めるに足りる証拠もない。
通院のための公共交通機関の利用のために一往復あたり五〇〇円を相当な損害と推認することができるから、その二〇三日分一〇万一五〇〇円を相当な損害と認めることができる。
5 休業損害
証拠(甲六号証、七号証、乙一号証の六)及び弁論の全趣旨によれば、原告は昭和五四年六月一日以来本件事故に至るまで一五年以上にわたって株式会社たなか屋に仲居として勤務し、平成六年に二二五万八七四〇円(一日あたりの六一八八円)収入を得ていた事実が認められる。原告について、右金額を超えて原告の主張する平均賃金を得る蓋然性は認められないから、原告の休業損害を算出するに当たっては現実に同人が得ていた右収入によるのが相当である。原告は本件事故の日である平成七年三月二一日から症状固定日である平成八年五月一五日までの四二一日間就労不能であったから、二六〇万五一四八円がその休業損害として認められる。
6 入通院慰謝料
原告の前記入通院の状況からすると、その慰謝料としては、二〇〇万円が相当である。
7 逸失利益
原告は症状固定時六五歳である(甲四号証)から、八年間就労可能とするのが相当であり(新ホフマン係数六・三二五九(九年の係数(七・二七八二)-一年の係数(〇・九五二三))、前記原告の得ていた収入二二五万八七四〇円を基礎収入として、労働能力喪失率五六パーセントを用いて原告の逸失利益の本件事故当時の現価を求めると、八〇〇万一五九五円となる。
8 後遺症慰謝料
原告の前記後遺症の慰謝料としては八五〇万円が相当である。
9 よって、原告の本件事故による損害の額は、合計三〇二〇万五一二八円である。
二 争点2について
1 証拠(甲一三号証、乙一号証の一、二、四から六まで、八、一〇から一二まで)によれば以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
本件交差点は、名鉄常滑線の高架を挟んで東西にある幅員約五・〇メートルの東側道路と幅員約四・〇メートルの道路(以下「西側道路」という。)からなる南北に延びる道路(中央分離帯上に名鉄常滑線の高架があることになる。)と、東方から西方への一方通行となっている東西に延びる東西道路(本件交差点の東側の車道の幅員は約五・〇メートル、西側の車道の幅員は約八・〇メートル)とが、別紙交通事故現場見取図のように交差する信号機等による交通整理の行われていない交差点であり、東西道路の本件交差点東側手前、西側道路の本件交差点南側手前にはいずれも自動車等に対して一時停止の規制がされている。西側道路の車道西側には幅員約三・〇メートルの歩道が設けられており、普通自転車の歩道通行が認められている。
被告は、日没後であったことから前照灯を点灯して被告車を運転し、本件交差点東側で一時停止した後本件交差点に進入し、東側道路を横断すると、進路前方左右の見通しが不良であったことから、同見取図記載<1>の地点で停車して左方から西側道路を進行する車両を確認したものの、右側の安全確認が不十分なまま被告者を発進させ、<2>の地点まで進行して原告車を発見するや間もなく衝突し、本件事故を発生させた。被告は急ブレーキを踏もうとしたが、あわててうまく踏むことができず、被告車は<3>の地点まで進行して停止した。
原告は、西側道路の西側にある歩道から約一・二メートル離れた車道上を、原告車を運転して北方から南方に向かって、前照灯を点灯することなく普通に走行し、本件交差点に左方の安全を確認することなく進入して本件事故が発生した。
2 証拠(乙一一号証、一二号証)中には、原告車の走行していた位置などについて右1に認定した事実に反する部分もあるが、前記見取図に記載された原告車による擦過痕の位置や、被告の刑事事件の捜査段階における原告の供述(乙一号証の六)などに照らすと、右証拠はことさら自己に有利に述べようとするものであって不自然で信用することができない。
また、原告は、被告について本件交差点内の西側道路入口付近にある指導線において一時停止すべきであったと主張するが、前記のとおり同見取図記載<1>の地点で一時停止して安全の確認をしようとした被告について、そのように特に高い注意義務が課されていると認めなければならない理由は見あたらない。
3 原告は、西側道路を走行するのであれば歩道を通行することも可能であったところ、車道上を走行していたのであるから、南北に延びる一本の道路の中央から左の部分にあたる東側道路を、その左側端に寄って通行しなければならなかった(道路交通法一七条四項、一八条一項)。また、夜間自転車を運転していたのであるから、前照灯を点灯して走行すべきであった(同法五二条)。しかるに、原告は、右各注意義務を怠って、前記認定のような走行をしたものである。
右のような原告の損害については、公平の観点からその過失を斟酌するのが相当であり、その割合は、原告が比較的高齢(昭和六年一月二日生、本件事故当時六四歳)であることや被告にブレーキの操作ミスがあることなどを考慮しても、三五パーセントとするのが相当である。
四 結論
以上によれば、被告が賠償すべき原告の損害は一九六三万三三三三円であるから、前記既払金を損益相殺すると、これはすべててん補されていることになる。したがって、原告の本訴請求は理由がない。
原告は、本訴追行に関する弁護士費用として一〇〇万円を請求するが、理由がない。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 榊原信次)
交通事故現場見取図